コンプライアンスの基本的視点

近年、コンプライアンスにまつわる問題や不祥事をよく耳にするようになりました。

不動産取引を行う不動産フリーエージェントにとっても、コンプラインスを遵守することは非常に重要です。

しかし、そもそもコンプラインスとは何なのか?それを遵守すべきなのはなぜなのか?という点をしっかりと理解しているでしょうか。

今回は不動産業従事者向けの不動産教育研修・情報発信も行っている不動産流通推進センターが実施した、「不動産業におけるコンプライアンス(職業倫理)確立に関する講演会2021」での基調講演から、そうした点を学んでいきましょう。

講演を行ったのは、不動産流通推進センターのコンプライアンス研修で講師を務める、郷原総合コンプライアンス法律事務所代表の郷原信郎(ごうはらのぶお)氏です。

郷原氏は東京地検の元検察官で、コンプライアンス専門の弁護士として活動なさっています。

企業はなぜ不祥事を起こすのか?それを防ぐにはどうした良いのか?という、コンプライアンスの基本的視点と組織のあり方について理解を深めることができるでしょう。

「コンプライアンスの基本的視点」

講師:郷原 信郎

コンプライアンスとは何か?

コンプライアンスは一般的に、「法令遵守」と訳されます。

そのためコンプラインスとは組織が守らなければならないこと、または行わなければならないこと、と考えられがちです。

しかしコンプライアンスとは、単に法令を遵守することではありません。

コンプライアンス=「組織が社会の要請に応えること」

このように捉えてください。そしてこのコンプライアンスについての定義を、「組織での活動を適正にしていくための基本的な考え方」としてください。

「法令遵守」がもたらす弊害

「組織が社会の要請に応えること」としてのコンプライアンスを正しく理解するには、「法令遵守」という言葉からの脱却が必要です。

なぜなら法令遵守にこだわることよって、大きな弊害がもたらされることがあるからです。

なぜでしょうか?

その点を理解するために、「法令遵守」という言葉について掘り下げて考えてみましょう。

1.法令

法令、つまり法律は守らなければならないものですが、それだけに固執していると失敗してしまうこともあります。社会も目まぐるしく変化し、法令だけでは解決できない問題も多いからです。法令を守ることだけを考えていれば良い、というわけではないのです。

2.遵守

遵守という言葉を使われると、「つべこべ言わずに守れ!」と言われている気になりませんか?しかしそうなると、「なぜそれを守らなければいけないのか?」ということを考えなくなり、思考停止に陥ってしまう危険性があるのです。

このように、法令遵守にこだわっていると社会的変化に対応できず、組織として大きな失敗を起こしてしまうことがあるのです。

法令遵守がもたらす弊害の実例

法令遵守がもたらす弊害について理解するのに助けとなるのが、2007年に起きた「耐震強度偽装問題」、いわゆる「姉歯事件」です。

  • 耐震強度偽装問題とは?

元一級建築士が、地震などに対する安全性の計算を記した構造計算書を偽造していたことが発覚したことに始まる一連の事件のこと。

このいわゆる姉歯事件は、建築基準法に違反する重大な事件として世間の大きな注目を集めました。

しかし実はこの件は、法令遵守の弊害をも浮き彫りにしているのです。

【事件の背景】

  • 建築基準法に関する誤解

まず、世間の建築基準法に関する誤解があります。

建築基準法は、「最低限の基準」を定めたものにすぎません。

つまり、建物の安全は建築基準法によってのみ担保されているわけではないのです。

逆に言えば、耐震強度の偽装だけでその建物が危険となるわけでもない、ということになります。

  • 二重基準の問題

この事件は、1981年に改正された建築基準改正法による新たな耐震基準に違反するものでした。しかしそれ以前の建築基準法に基づく建築物が当時すでに多数存在し、これらの建物についての安全性について議論されることはありませんでした。

つまり、この事件によって発覚した建物よりも危険な建造物も無数にあったのです。

  • 耐震性能についての誤解

事件発覚後、「震度5強程度の地震で倒壊の恐れがある」と報道されました。

しかしこれは倒壊する恐れが有るのか無いのかという、「可能性の有無」による2分法の考え方の誤りでもあったのです。

この事件を受けて、建築基準法が改正されました。

しかし規制が強化されたことによって建築確認が大幅に遅れ、住宅建築数が激減するという社会的な問題が生じたのです。

また事件によって問題となったマンションが取り壊される一方で、それよりも安全性の低い(新たな建築基準法に満たない)建物がそのまま残されるというモラルハザードも無視することはできないでしょう。

もちろん、法律を守ることは絶対に必要なことです。

しかしこの姉歯事件から明らかになったように、法令遵守に固執することによって新たな社会問題が生じるということも、決して珍しいことではないのです。

コンプライアンスの困難性、不祥事の必然性

では法令遵守が弊害を生み出すこともあるのであれば、企業はどのように活動したら良いのでしょうか?

その点で基本的な視点となるのが、コンプライアンスについての考え方なのです。

コンプライアンスとは、「組織が社会の要請に応えること」であると定義しました。

しかし社会の要請に応えることは、組織にとってある意味で当然のことと言えます。

社会的なシステムがなければ、組織が存続することはできないからです。

ではなぜ、コンプライアンス問題が起きるのでしょうか?

それは、社会の要請に応えることは企業にとって決して簡単なことではないからです。

2つの理由を取り上げましょう。

理由1:組織は多くの人で構成されている

組織は様々な異なる個性や考え方を持つ人によって構成されています。そのため、社会の要請にどのように応えるかという考え方もまちまちなのです。

理由2:「社会的要請」を把握することが困難

世の中は常に変化し続けており、社会的要請もそれにともなって変わっていきます。そのため社会の要請を把握すること自体が、組織にとっての課題となるのです。

こうした2つの理由から分かるように、コンプライアンスを遵守することは組織にとっても決して簡単なことではなく、いつでも不祥事は生じ得る、ということができるでしょう。

不祥事が発生する要因

コンプライアンス=「組織が社会の要請に応えること」であるならば、その要請に応えられない時に不祥事が発生することになります。

では、どうして組織は社会の要請に応えることができなくなってしまうのでしょうか?

ここでも、2つの理由が考えられます。

理由1:組織の側の変質

以前は社会的要請に応えられていたが、トップが変わるなどの組織変質によって応えることができなくなってしまう。

理由2:社会の側の変化

環境変化に伴い、社会的要請も変化する。そうした新たな要請に対応できなくなり、「環境変化への不適切」として不祥事を起こしてしまう。

実は最近の大きな不祥事は、ほとんどがこの2番目の理由に起因します。

では、どうしれば企業は社会的要請に応えることができるのでしょうか?

企業と社会の関係

社会の要請に応えるには社会の変化、つまり組織を取り巻く環境を知らなければなりません。

セミナー資料を参考に作成

企業と社会は、社会的要請によってつながっているとも言えます。

そのため、社会的要請の中身について具体的に認識する必要があるのです。

コンプライアンス環境マップ

企業に求められる社会的要請について理解するためには、そうした要請をまとまりで考える必要があります。

セミナー資料を参考に作成

この「コンプライアンス環境マップ」で示したように、社会的要請をかたまりでとらえると、その要請や変化がより具体的に見えてきます。

社会要請の中心にあるのが事業環境、つまり「需要」です。

社会が企業に求めること、つまり需要に応じることが社会的要請に応える最たる方法となります。

同時に社会の需要に応えることのできる企業が生き残り、成長していく企業と言うこともできます。

しかし、需要に反映されない社会的要請というものも存在します。

それに応えても応えなくても企業的な利益とは関係がないため、需要に反映されない社会的要請には最初から応えないという企業も当然出てくるわけです。

それに応えさせるために、法令による義務付けがなされているのです。

しかし最初に考えたように、法令だけで社会の要請が全てカバーされるわけではありません。

世の中の変化に伴い、新たな社会的要請が次々と出てくるからです。

そうした需要に反映されない社会的要請にも積極的に応えていく。これが、企業が守るべきコンプライアンスに関する基本的な考え方となります。

【企業が社会的要請(コンプライアンス)に応えるべき主な要素】

  • 競争環境:同じ商品サービスを提供する事業者同士で何が求められるか?
  • 情報環境:情報を入手して活用するためにどんなことを行っていくか?
  • 安全環境:人の命や安全をどのように守っていくか?
  • 自然保護環境:企業活動を行いながらどのように環境を保全していくか?
  • 労働環境:ハラスメントや女性の活躍などの新たな要請にどのように応えていくか?
  • 金融環境:情報開示をいかに正しく行っていくか?

それぞれの社会的要請に関しては、関連する法令も定められており、それに反するとペナルティーが課されます。

しかし法令は社会的要請を追随するかたちで制定されます。

世の中は絶えず変化していくため、法令を遵守するだけでは社会的要請に応えることはできないのです。

そのため、企業は自分たちに求められている社会の要請とは何なのか?そしてそれがどのように変化しているかを常に認識することが非常に重要となります。

そのようにしながら社会の要請に応えることがつまり、コンプライアンスを遵守するということなのです。

コンプライアンス問題の2つの要素

組織が社会的要請に応えられない時、コンプライアンス問題が発生することになります。

そしてそうした不祥事が起きる時には、以下の2つの要素が関係しています。

1.ムシ型

【特徴】

  • 個人的利益が目的
  • 単発的

【対処方法】 

  • 個人に厳しいペナルティを課す(殺虫剤の散布)

2.カビ型 

【特徴】

  • 組織の利益が目的
  • 継続的・恒常的

【対処方法】

  • 原因となる構造的要因を除去する(汚れ・湿気)

ムシ型のコンプライアンス問題は、個人が原因として起こります。

そのため害虫に殺虫剤を散布するように、個人に対してペナルティを貸すことによって対処することが可能です。

一方そうした個人的な問題よりも深刻なのが、カビ型のコンプライアンス問題です。

組織の利益のために行われるため、カビのように問題が拡がっていきます。

カビ型のコンプライアンス違反は、組織の構造的問題が原因として発生しますから、そうした構造的要因を除去しなければなりません。

例えば、最近起きた神戸製鋼の品質データ改ざん問題や、杭打ちデーターの改ざん問題などの不祥事も、当初は個人が引き起こした不祥事と捉えられていました。

しかし実際は、業界内で以前から繰り返し行われていたコンプライアンス違反だっということが明らかにななったのです。

そうしたカビ型のコンプライアンス違反は、多くの人間が関わり、継続的・恒常的に行われるため、表面化しづらいという特徴も備えています。

カビを発生させる汚れや湿気のような、潜在的かつ構造的な要因を取り除く必要があります。

そのため企業は、コンプライアンス問題を個人の問題として捉えるのではなく、組織的な問題として捉えることが求められるのです。

大阪アメニティパーク土壌汚染問題

法令遵守だけでは適切な解決ができない別の例として、大阪アメニティパーク(OAP)の土壌汚染問題を取り上げましょう。

  • OPAとは

三菱マテリアル・三菱地所などが大阪市北区の工場跡地を再開発した複合施設(2001年完成)。北区天満橋一丁目という恵まれたロケーションにあり、高層ビルのOAPタワーを中心に、帝国ホテル大阪や高層マンション2棟の他、オフィス、ショッピングエリアが立ち並んでいる。

  • 事件の背景

再開発された工場跡地は、もともと旧三菱金属(現三菱マテリアル)の大阪製錬所であったため、もともと土壌汚染の問題を抱えていた

  • 事件の経緯

開発準備のためのボーリング調査で、湧き水から基準値を超えた重金属が検出される。

しかし健康に影響が出るレベルではなかったため、開発が続行される。

その後、マンションの入居者から土壌汚染に関する疑問の声が上がる。

三菱地所は汚染の事実を認め、大阪府警による家宅捜索・書類送検がなされる。

OPA土壌汚染問題をコンプライアンスという観点から考える

当初、三菱地所は土壌汚染を公表せずにマンションを分譲したことを、宅建法の「重要事項の不告知」にはあたらない、と主張していました。

しかし最終的には容疑を認め、社長ならびに会長の辞任という結果になりました。

では、この事件をどのように捉えたら良いでしょうか?

法令上の観点

法令上からこの問題を捉えるときには、宅地建物取引業法上の告知しなければならない「重要事項」の範囲はどこまでか?ということを考えなければなりません。

一般的には宅建業法上の「重要事項」の範囲とは、「当該事実を告げないことによって取引の相手方などが重大な不利益を蒙る事実」とされています。

つまり、経済取引におけるモノの価値としての重要性を判断するために重要かどうか、という観点から告知すべき内容が定められるわけです。

そうした法令上の観点から判断からすれば、今回の事件では汚染の事実があったとしてもその汚染は除去されており、健康被害の恐れもないため、重要事項にはあたらない。という考え方もありえますし、実際に不動産業界ではこれまでそのように捉えられてきました。

コンプライアンス上の観点

しかしコンプライアンス上の観点から考えると、別の結論が導き出されます。

コンプライアンス=「組織が社会の要請に応えること」という定義から考えると、マンションの購入者には自分の住む場所がどういうところかを知る権利がある。企業には一生の居住環境についての自己決定に関わる重要な情報を告知すべきである、という社会の要請を企業は認識する必要があるのです。

そして、そうした社会的要請にしっかりと応えなければなりません。

社会の要請に応えるというコンプライアンスの観点でこの問題を扱っていれば、宅地建物取引業法違反による書類送検という結果も回避することができたことでしょう。

法令に固執するのではなく、その法令の背後のある社会の要請とは何なのか?ということを鋭敏に察知し、その要請に応えていく。

これが、企業に求められるコンプライアンスに関する基本的な考え方なのです。

大阪アメニティパークの土壌汚染問題は、不動産業におけるコンプラインスを考える上で、重要な事例となっています。

まとめ

コンプライアンスとは、単なる法令遵守ではありません。

「組織が社会の要請に応えること」

これが、コンプライアンスの基本的な考え方です。

企業は需要という社会の基本的な要請に応えることによって、利益を上げることができます。

しかし、社会の要請はそれだけではありません。

収益に直接関わらない、社会的な要請に関してもしっかりと応えていく。これがコンプライアンスを遵守するということです。

社会の要請は常に変化していきます。

そのため、企業は常に自分たちに求められている社会的な要請=コンプライアンスとは何なのか?ということを真剣に考えて、その要請に応えていかなければならないのです。

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