アメリカの不動産取引の変更と日本のエージェントへの影響

アメリカの中古住宅の取引方法が、2024年8月17日に改定されました。

今回はこの変更点の内容と、日本で活動する不動産エージェントへの影響について考えてみたいと思います。

日米の不動産取引の違い

アメリカの不動産取引の変更について考えるために、まずは日本とアメリカでの不動産取引の違いについておさらいしておきましょう。

エージェントの役割

日本では不動産屋さんやネットを使って希望に叶う物件を探しますが、アメリカでは不動産エージェントと契約するところから始まります。

エージェントは物件探しから契約まで、顧客の代理人として不動産取引の大部分に関わります。

家を売るにも買うにも、頼るべきは不動産エージェント。

これが、アメリカの不動産取引の基本です。

仲介手数料の支払い方法

日米の不動産取引の大きな違いの一つが、仲介手数料の支払い方法です。

  • 日本:売り手と買い手がそれぞれ、3%程度の仲介手数料を支払う
  • アメリカ:売り手が仲介手数料(5~6%)を全て負担する

日本では売り手と買い手とで仲介手数料を折半しますが、アメリカでは売り手が全て負担します。売り手が自分のエージェントに手数料の総額を支払い、その半額が買い手側のエージェントに渡されるわけです。

この不動産取引の違いは、日本とアメリカでの中古住宅に対する考え方に関係しています。

日本と違ってアメリカでは中古住宅の売買が盛んで、一生の内に何度も家を買い替えることは決して珍しいことではありません。

そのため、売り手が仲介手数料を全額支払ったとしても、買い手になる場合は仲介手数料を支払う必要がないので、長い目で見ると決して不公平というわけでもないんですね。

むしろ、住宅を購入する場合にはその分だけ経費が安くなるので、中古住宅の売買もより活発になるという側面もあるわけです。

しかし今回の改定によって、特にこの仲介手数料に関わる部分が大きく変更されることになりました。

買い付けと契約不適合責任

日本では不動産の購入を希望するときに「買付証明書」を提出して、その意志を売り手に伝えます。しかしこれは契約ではないため、キャンセルすることも可能です。

アメリカでも買い付けによって購入意思を伝えることに変わりはありませんが、その内容がだいぶ異なります。アメリカの買い付けには、購入するための条件が含まれています。

例えば「◯◯の条件が揃えば、購入します。そうでなければ購入しません」という具合に、購入のための条件を記します。

これは「オファー」と呼ばれ、不動産購入のための重要なプロセス。エージェントも慎重にオファーを作成します。

買い付けに関するシステムの違いは、購入後の契約不適合責任に関する考え方にも大きく関係しています。

日本では購入した住宅に雨漏りなどの大きな瑕疵が見つかった場合、売り手の責任となります。ところがアメリカでは、購入前に建物のインスペクション(専門家による建物の検査)を行い、条件の確認をし、契約した後であれば、瑕疵が見つかっても売り手の責任とはなりません。

そのため、買い付けの段階で買い手側が購入条件を売り手にしっかりと伝えることが重要になるわけです。

アメリカの不動産取引に関する変更点

では、今回のアメリカの不動産に関する主な変更点を見ていきましょう。

細かな変更点は色々とあるのですが、大きなものは以下の2点となります。

1.バイヤーズ・エージェンシーが必須に

アメリカでは不動産取引の際には、まず不動産エージェントと契約することは上で説明した通り。

売り手は販売を担当するエージェント(リスティングエージェント)と契約を結び、買い手は購入担当のエージェント(バイヤーズエージェント)と契約を結びます。

今回の改定によって、不動産の購入を希望する人は、バイヤーズエージェントと書面で契約を結ぶ(バイヤーズ・エージェンシー契約)ことが義務化されました。

実はこれまで、バイヤーズエージェンシーとの契約は口約束でも構わなかったのです。どのみち仲介手数料は売り手側が支払うわけですから、口約束でも特に問題はないということだったのでしょう。

この商習慣が、改めることになりました。

  • 口約束でもOKだったバイヤーズ・エージェンシー契約を、書面で交わすことが義務付けられた。この契約書には、エージェントへ支払う報酬(契約手数料)や提供されるサービスを記載しなければならない。

この改定によって、これまで売り手側が全て負担していた契約手数料を、買い手側にも要求できるようになりました。

しかしこれは日本と同じように折半するという単純な話ではなく、『契約を結ぶ』、つまり契約手数料についても事前に交渉し、それを書面に明示しなければならなくなった、ということです。

2.物件情報サイト(MLS)への報酬提示が禁止に

これまでリスティングエージェントへの報酬額は、日本のレインズに相当するアメリカの物件情報サイト「MLS(Multiple Listing Service)」に掲載されていましたが、これが禁止されることになりました。

バイヤーズ・エージェントへの報酬はバイヤーズ・エージェンシー契約で決められますから、リスティングエージェントへの報酬額も非公開というのは当然の流れでしょう。

MLSは業者だけではなく、一般の人もアクセス可能です。

報酬額がMLSに表示されるということは、逆に言えばそれについて交渉することもできないということでもあります。

この点が改められ、エージェントへの報酬は交渉によって定められ、それを契約書に記すということになったのです。

  • エージェントへの報酬額は、あくまでも当事者同士の話し合いで決定される。

これが、これからのアメリカにおける不動産取引の大原則となります。

 

アメリカの不動産取引が変更になった背景

アメリカの不動産取引に関わるルールが変更になったのは、全米の不動産業界を巻き込んだ訴訟が大きな原因です。

アメリカの不動産取引において仲介手数料を売り手側だけが負担するのは、日本の独占禁止法にあたるアメリカの反トラスト法の「独占行為の禁止」にあたるとして、集団訴訟が起こされたのです。

訴えられたアメリカ最大の不動産業者団体である全米リアルター協会(NAR)と、大手不動産会社は、「反トラスト法には違反していない」として争っていたのですが、米国司法省の仲裁により、バイヤーズ・エージェンシー契約の導入とMLSへの手数料記載の禁止という取り決めを受け入れました。

さらに別の訴訟も関係しています。

それが不動産取引の手数料を巡ってミズーリ州の住宅販売会社と売り主グループとの間で争われた、「Sitzer・Burnett訴訟」です。

この裁判では、MLSには手数料が一定額を下回る物件は掲載されないという暗黙のルールがあり、それによって仲介手数料が不当に高い水準に保たれている。手数料は交渉可能であるべきであり、固定されているのは独占禁止法に違反している。という、原告の訴えが認められました。

これら2つの大きな集団訴訟によって、バイヤーズ・エージェンシー制度の導入と、MLSへの報酬提示を禁止するという変更がなされたのです。

変更によるアメリカの不動産取引への影響

ではこの変更によって、アメリカの不動産取引にはどんな影響がもたらされるのでしょうか?

実は短期的に見ると、それほど大きな変化はないのではないか、というのが大方の見方です。

というのも、買い手もバイヤーズ・エージェントと書面で契約を交わし、その契約書にはエージェントへの報酬(契約手数料)も記載しなければならなくなりましたが、それを誰が支払うのかという点は、あくまでも交渉によって決まるからです。

裁判においても、「住宅購入時に仲介手数料を売り手が負担するというのは理にかなっており、長い目で見れば決して不公平ではない」という不動産業界側の言い分は認められました。

そのため、ルール変更後も売り手が買い手側の仲介手数料を負担することは認められています。あくまでも誰が支払うか、そしてその手数料率をどれくらいにするかという点が、交渉によって決められるようになったということなのです。

そのため、もし買い手が仲介手数料を支払えないということであれば、これまで通り売り手に請求することも可能です。

しかし私は、今回の変更によって、長い目でみるとアメリカの不動産エージェントには大きな影響を及ぼすのではないかと心配しています。

それが、今回の改定によってアメリカの不動産エージェントが提供するサービスの質が低下するのではないか、という恐れです。

「Sitzer・Burnett訴訟」において、不動産の仲介手数料が不当に高い水準に保たれていると判断されてしまいました。

しかしこの裁判で訴えられた事業者は、仲介手数料を不当に高く設定していたわけではありません。アメリカでも標準的な、5~6%の範囲内で手数料を請求していたのです。

それなのに、これが「不当に高い」とされてしまうと、今後はもっと安い手数料で引き受けるエージェントも出てくるようになるでしょう。

しかしその安い手数料で引き受けたエージェントが、これまでと同水準のサービスを提供できるかというと、首をかしげざるをえません。

「日米の不動産取引の違い」でも説明した通り、アメリカでは既存住宅を購入する前に買い手が条件を提示します。

そのためには建物のインスペクション、条件の確認、それに基づく契約書の作成など、非常に専門性の高い分野のタスクが求められます。

これまではバイヤーズ・エージェントの報酬も2.5%~3%でほぼ固定されていたため、エージェントも安心して働くことができました。

それがエージェントへの報酬も交渉制になり、これまで買い手側から見たら無料だった手数料を支払わなければならないとなったら、どうなるでしょうか?

例えば4,000万円の物件なら、バイヤーズ・エージェントに支払う手数料は2.5%の場合、100万円となります(分かりやすいように円で説明しています)。

「そんな金額は払えない」と言う顧客もいるに違いありません。

ではそれを、1%の手数料、この場合は40万円で引き受けたとして、100万円いただく時と同じよクオリティの仕事ができるでしょうか。

私は、そうは思いません。

おそらくは、「その金額で構いません。その代わり、インスペクション業者とのやり取りは自分で行ってください」というような具合になっていくのではないでしょうか。

または、仲介手数料をケチって、複雑な不動産取引を自分で行おうとする人も増えるかもしれません。

もちろんそれはその人の自由ですが、それによってトラブルが増えてしまうと、消費者はもちろんのこと、業界にも大きなダメージをもたらします。

これからは「格安」を売りにするエージェント、しっかりとしたサービスを提供するかわりに3%以上の手数料を請求するエージェントなど、良くも悪くも、エージェントの差別化が図られていくかもしれません。

仲介手数料に関する変更によって、アメリカの不動産エージェントの働き方も大きく変わる可能性があるのです。

日本の不動産エージェントへの影響

今回のアメリカにおける不動産取引の変更は、もちろん日本に直接関係するわけではありません。

しかし、アメリカの不動産エージェントの働き方の変化が、日本のエージェントにも影響を及ぼす可能性はあると考えています。

アメリカにおける不動産エージェントへの報酬額が自由に交渉できるようになると、その働き方も大きく変わってくるであろうことは、述べた通りです。

そしてその結果、不動産エージェントという職業そのものも、そのカタチを変えていくかもしれません。

現状では不動産取引にまつわる様々な事柄を、一般の人がエージェントに頼らずに行うのは難しい。

でも将来的にAIなどのテクノロジーが発達して、誰でも簡単に不動産の交渉から契約まで行えるシステムが登場するかもしれません。

そうでなくても、こうした変更をきっかけに、「本当に不動産エージェントは必要なのか?」と考える人も増えてくるでしょう。

そうなったときに、本当に価値あるサービスを提供して、安心・満足できる不動産取引をもたらせるかが、エージェントの生きる道となっていくに違いありません。

そしてそれは、私が常々お伝えしている、「顧客に寄り添うエージェント」の姿そのものだと思うのです。

クライアントから報酬をいただくかわりに、私たちエージェントは不動産を通して依頼者の幸せな生活を実現させる。それこそが、私たちの使命です。 アメリカの不動産取引の変更を一つのきっかけとして、不動産エージェントとしての自分の働き方を改めて見直してみるのはいかがでしょうか?











この記事を書いた人

不動産エージェント 藤木 賀子

スタイルオブ東京(株)代表。
25歳で建築業界に入り、住宅・店舗・事務所・外構の営業・設計から施工まですべてを経験。
世界の建築に興味があり、アジア・北米を中心に建築を見て回り、いい家を追求すべく世界の家を研究。結果、いい家とは『お客様の価値観』にあることに気づき、自分が作るよりお客様の代理人としてお客様の想いを可視化・具現化・実現化することが出来る不動産プロデュースの道に。
これまでの経験とスキルを、不動産エージェントとして活躍したい人に向けて発信中。











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