不動産エージェント~知識をつける~『インスペクション』

2000軒超の住宅を見てきたホームインスペクターに聞く、 建築・設計士とインスペクションについて

住宅業界のトレンドは、新築から中古へと急速に変化しています。中古住宅の流通量が増加するにしたがって、住宅の状態を正しく診断する「ホームインスペクション」と、それを行うプロフェッショナル「ホームインスペクター」の存在にも注目が集まっています。
中古住宅のリノベーションの建築・設計に関連して、もともと住宅に関わっている建築士・設計士にも、ホームインスペクション事業を行う人が増えてきています。
背景として2018年4月に宅地建物取引業法が改正されてインスペクションのあっせん書面の交付が義務化されたこともあり、インスペクション資格取得者=ホームインスペクターも毎年、増加しています。
これからますます関連が深くなっていく、建築・設計士とインスペクションについて、NPO法人日本ホームインスペクター協会公認のホームインスペクターで株式会社そらいろ代表・大久保新(あらた)さんは、どう見ているのでしょうか? あれこれ聞いてみました。

建築・設計士は既存住宅を見る経験が足りていない!

14年前からホームインスペクションにかかわる活動をしてきました。これまで2000軒以上のマンションや戸建てを診断しています。同時にホームインスペクターとして、インスペクションの必要性を伝えるため、建築・設計士を中心にいろいろな方へ知識や技術を指導してきました。その経験から感じていることをお話したいと思います。
率直に言って、今の建築・設計士は異常な環境にあります。インスペクションを学びにいらっしゃる建築・設計士の方と接すると、既存住宅を見たことがある人が本当に少ないのです。見たことがあるという人でも、数軒から数十軒ほどです。自動車や家電メーカーなど他の業種の方が聞いたら驚くのではないでしょうか。

やはり古い建物を見なければ、どこが傷んで、どういった仕様が強いのかという知識は身につきません。自分が建築・設計した建物だけでなく、他者が手がけた住宅をもっともっと見るべきでしょう。

古い住宅を見れば、建材による断熱性能の違いや、維持管理に重要な仕様が自然と身につくはずです。こういった知識は、書籍や講習会に参加するような座学だけでは身につきません。家ごとに個別性が強い上に、気候や設計などプラスアルファの要素によって大きく違ってくるからです。
古い住宅を見てから身につけた知見を新築住宅の建築・設計に生かせれば、日本の住環境向上に必ず役立つはずです。そこには20年、30年、それ以上の経年による変化が起こっており、その劣化を実感して学ぶことで一般の顧客に伝えられることも増えるでしょう。
その意味でも、インスペクションに進出する建築・設計士が増えていることはとても良いことです。しかしながらインスペクション講習を受けたとしても、いきなりビジネスとして始めることは避けた方がいいでしょう。その意味を解説します。

講習を受けても、いきなりの仕事開始は要注意!

一口にホームインスペクションといっても、求められる役割は依頼者によって違っています。
 まずは2018年4月に施行された改正宅建業法におけるインスペクションです。こちらは「建物状況調査」と呼ばれるもので、国土交通省(国交省)の定める講習を修了した建築士が担う制度です。建物の基礎や外壁のひび割れ、雨漏りなどの劣化・不具合状況を調査します。こちらに関しては、国交省のガイドラインに沿って検査を徹底すれば良いでしょう。

中古住宅の売主に別途、保証申込をしてもらえば、売買後に見つかった一部欠陥については、既存住宅売買瑕疵保険を活用した保証を受けられる場合があり、十分にメリットがある制度といえます。

買い主依頼のインスペクションで「正しい立ち振る舞い」とは?

気をつけたいのは買い主からの依頼で行うホームインスペクションです。マナーや立ち振る舞いを知らないと、思わぬトラブルになりかねません。
 例えばこんなケースが考えられます。あなたがホームインスペクターの資格を持っていて、中古不動産の仲介会社と購入予定の買い主からの依頼で、内見に同行するとします。現場でインスペクターとしてアドバイスを求められたとしましょう。物件の気になる箇所を何点か診てみると、あまり管理の状態が良くないようです。特にバルコニーの雨仕舞いに不備があるようで、雨天時は浸水の可能性もあります。

 さて、この物件について「どう思いますか?」と買い主に聞かれたら、どのように答えるべきでしょうか?

  • 「この家の購入は止めましょう」と買い主にアドバイスする
  •  買い主に建物の気になる箇所の状態を説明し、改善するための方法をアドバイスをする
  •  買い主に建物の気になる箇所を指摘した上で、不動産仲介会社の担当者にリフォーム方法を指示する

皆さんはどう思われますか? 物件の状態も分からない中では難しいかもしれませんが、この中で絶対にしてはいけないことがあります。それは何でしょうか。少しイメージしてみてください。

まず、①【「この家の購入は止めましょう」と買い主にアドバイスする】ですが、これは絶対にやってはいけません。

住宅購入を決めるのはあくまで買い主のお客様です。意思決定に直接的なアドバイスをするのは絶対に止めましょう。

「なぜ? こちらは善意で言っていることじゃないか!」と反論する方もいると思います。しかし、この場合はあくまでも判断材料の一つを提供するのが、ホームインスペクターとしての役割だと私は考えます。不動産取引に思いきり首を突っ込むのはマナー違反です。
もちろん悪気なく言ったことだと思いますが、結果として関係者全員にとって不本意な状況を作ってしまいます。ホームインスペクターとして正しい立ち振る舞いではありません。

では、③【買い主に気になる箇所を指摘した上で、不動産仲介会社の担当者にリフォーム方法を指示する】はどうでしょうか?

これも①同様、やってはいけません。依頼者の意向を十分確認しない段階でのリフォームアドバイスは、トラブルの元となるからです。インスペクターとしてリフォームのアドバイスまで踏み込めるのは、依頼者からの相談があった場合です。仮にリフォームが必要だと思われる部分があったら、現在の状態をそのまま伝えましょう。ましてや建物や工事には何ら知識や責任を持たない不動産仲介の方に指示をするなんて、とんでもないことです。
リフォームの経験が豊富な建築・設計士であれば、より良い方法と思えることを指示したくなる。その気持ちは理解できます。しかし、何かあったときに責任をとれるわけではありません。ホームインスペクターとしては事実を告げることに徹し、依頼者の求めに応じてアドバイスをするようにしましょう。

つまりここで最も正しいのは、②【買い主に建物の気になる箇所の状態を説明し、改善するための方法をアドバイスをする】です。ホームインスペクターとしての役割を十分に認識して、必要とされることをしっかり行い、適切な範囲で伝えましょう。

気になるときは問題自体に焦点を移して伝えよう!

現場で果たすべきホームインスペクターの役割を紹介しましたが「理屈としては理解できるが、正しくない施行があれば指摘したい」という建築・設計士の方は多いようです。
先に述べた中古住宅の売買に関する場面だけで無く、リフォームやリノベーションの現場にホームインスペクターとして参加する時には、こういったジレンマを感じる人も少なくないようです。
そんな時は現場に指示するのではなく、「この施工ではこういった問題が起きるのではありませんか?」といったソフトな投げかけをしてみるのはどうでしょうか。
施工方法に問題があると思った場合、ホームインスペクターとしては問題の改善として施行方法の指示をするのではなく、それによって起こる問題そのものについて指摘をしましょう。施行についての責任はあくまでも施工者側にあります。これを指示してしまうと立場的に第三者ではなく当事者になってしまいます。

ビジネスとしてのインスペクションに身近なアドバイザーが必要な理由

さてこのように、ホームインスペクションをビジネスとして取り組む時には、建物診断だけではなく、現場で得るべき経験と知識が求められることが理解できたかと思います。
まだホームインスペクションのマーケット自体が小さいため、あまり問題は認識されていませんが、実は経験不足からくるホームインスペクションのトラブルは潜在的に多くあると思います。
特に住宅メーカーからの依頼が多く、あまりエンドユーザーとの仕事経験を持たない建築・設計士の方は、インスペクションを始めた時のトラブルが多いように思います。可能であれば、経験豊富なインスペクターの方と同行する形で経験を積んだ方がよいでしょう。
私は、これまでに多くの建築・設計士にホームインスペクションのトレーニングをしてきましたが、初めての現場では通常なら3~4時間の調査に半日以上かかったという人もいます。
現場での立ち振る舞いだけでなく、どこを重点的に調査していくかなど勘所を学ぶ意味でも、ベテランのホームインスペクターにつくことは貴重なことだと思います。

日本でのホームインスペクションはまだ始まったばかりです。ビジネス全般まで含めてホームインスペクションを教える専門機関はまだありません。
さらには建物の現状だけではなく、将来どうなるかなどの可能性に関するアドバイスを求められることもあります。何か分からないことがあったときに、気軽に相談できる先輩ホームインスペクターやその他の専門家との関係は重要になると思います。共に学び、互いに知識を教え合う関係を構築しましょう。






この記事を書いた人

不動産エージェント 藤木 賀子

スタイルオブ東京(株)代表。
25歳で建築業界に入り、住宅・店舗・事務所・外構の営業・設計から施工まですべてを経験。
世界の建築に興味があり、アジア・北米を中心に建築を見て回り、いい家を追求すべく世界の家を研究。結果、いい家とは『お客様の価値観』にあることに気づき、自分が作るよりお客様の代理人としてお客様の想いを可視化・具現化・実現化することが出来る不動産プロデュースの道に。
これまでの経験とスキルを、不動産エージェントとして活躍したい人に向けて発信中。






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