不動産エージェント~知識をつける~『磨こう、地盤リテラシー!』
武蔵野台地に〝埋没谷〟 産総研「3次元地質地盤図」を読み解く
東日本大震災の発生から、今年で10年が経ちました。
この間も各地で地震が相次ぎ、先日(10月7日)も千葉県北西部を震源とする最大震度6強の地震が起きたばかりです。
地震による被害を、事前に最小限に抑えるために有効な手段が、地盤・地形に関するリテラシー。
これを、お客様の要望・条件とすり合わせた上で最適な提案をする力が、不動産エージェントに今後ますます求められるはずです。
今回は、最新の研究で明らかになった、東京23区の地下構造の一端を、データを交えながらお伝えします。
最後に、『3次元地質地盤図』の閲覧方法を簡単に解説しているので、是非実務の参考にしてみてください。
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今年5月、経済産業省が所管する国内最大級の公的研究機関・産業総合研究所(以下、産総研)が、『東京都心部(23区域)の3次元地質地盤図』を公開しました。
産総研は従来、地層の分布を色分けして示した地質図を出版してきましたが、紙による2次元情報では表現に限界があったとのこと。
一方で東日本大震災以降、地盤のリスクに対する世間の関心は高まっていきました。
そこで独自のコンピュータ処理技術を用いて、4年の歳月を費やし、3次元地質地盤図を完成させたそうです。
公共工事や産総研の調査で得られた、数万地点に及ぶボーリングデータを解析。東京23区の地下に広がる地質構造を、立体的に表しています。
この3次元地質地盤図により分かったことは、大きく次の2点です。
①『東京低地』の地下に広がる〝埋没谷〟の詳細。
②『武蔵野台地』の地下に、軟弱な泥層が分布していること。
順に説明します。
【下町低地の埋没谷 江戸川区西部が最深ゾーン】
東京23区の地形は、西部の『武蔵野台地』と、東部の『東京下町の低地(=東京低地)』に大きく分けられます。
武蔵野台地が一般的に硬い地盤とされるのに対して、東京低地は、『沖積層』と呼ばれる比較的新しい(約1万年前~現在までに堆積)地層で構成されています。
主に泥層が堆積した、軟らかい地層です。
地上を歩いた限りでは、平坦な地形が広がる東京低地。
ところがその地下は、深い谷が埋没している、起伏に富んだ様相を呈していました。
この図では、-約40mが黄緑、-約60mが水色、-約80mが青で示されています。
そして舎人付近からの荒川と、旧利根川(現在の中川)が合流後に東京湾へと注ぐまでの地域が青く、この辺りの谷が深いことがうかがえます。
具体的には、江戸川区の西部に位置する亀有・新小岩・新砂・辰巳などが該当します。
これらの埋没谷は、約2万年前の最終氷期(=直近の氷期)に形成されたもの。
地球は約10万年サイクルで、氷期と間氷期(=温暖期)を繰り返します。氷期には海水が蒸発して大量に雪が降るため、海水面が下降。河川が陸地を浸食し、谷が形成されていきます。
その後、間氷期が訪れ気温が上がると、谷に海が入り込んで入江状に。そこに軟弱な泥層が堆積し、沖積層が形成されていく――というメカニズムです。
一般的に、地震時の揺れが大きくなると予想されるのは、谷の深さ(=沖積層の厚さ)が30m超に達した時。図で、黄緑や水色、青で示された地域での、地震時の被害が懸念されます。
【『深さ』より揺れに影響 『硬い・軟らかい』重なる地層】
ただし、産総研の研究によると、それらの地域よりも更に大きな揺れが予想される地域が、同じ東京低地にあると言います。
図2において黄緑で示されている、東向島付近です。
谷の深さは-約40mで、青色ほどは深くありません。それよりも大きく揺れる可能性があるというのは、一体どういうことなのでしょうか。
産総研の地質情報研究部門・中澤努研究グループ長にご解説いただきました。
中澤研究グループ長によると、揺れの大きさは単純な谷の深さだけで決まるわけではないそう。それよりも、『硬い地層の上に軟らかい地層が重なっている状態』の方が、揺れを増幅させるのだといいます。
境界における硬さの違いが、影響してくるためです。
東向島付近の地下深くには、硬い砂利層が存在しています。
この地に、過去に河川が流れていた名残です。
その直上に軟らかい沖積層が載っている構造のため、〝超軟弱〟といっても過言ではない地盤になっているのです。
【『高台』でも低地並みの揺れか 武蔵野台地、2か所に埋没谷】
一般的に、地盤が硬いと認識されている武蔵野台地。
実際、東京低地の沖積層よりも古い約30万~約5万年前の地層(=東京層など)で構成されています。
しかし3次元地質地盤図により、武蔵野台地上にも、東京低地の沖積層に似た泥層が、地下深くの埋没谷を埋める形で分布していることが明らかになりました。
東京低地と同等に揺れる可能性がある、ということです。
該当地域は、2か所あります。
1つは、世田谷区上用賀付近から尾山台にかけての一帯。
もう1つは、新宿区代々木付近から品川区高輪付近にかけての一帯です。
高台を多く含む地域で、高級エリアも少なくありません。
武蔵野台地上には、過去に河川や沼が埋め立てられるなど人工的な土地改変が行われてきた場所が存在し、これらが関東大震災で強い揺れを観測したことは知られています。
ただ、それらの地域は土地が低くなっているなど、地上でも何らかの手掛かりがつかめる場合が少なくありません。
なぜ、埋没谷の存在が発覚した今回の2地域では、その痕跡が見当たらないのでしょうか。
その理由は、埋没谷が形成された時期にありました。
武蔵野台地下の埋没谷が形成されたのは、およそ14万年前の氷期。
東京低地下の埋没谷が形成されたのが、前述した通り約2万年前ですから、両者の間には約12万年の開きがあります。
つまり武蔵野台地下の埋没谷の形成時期は、東京低地下のそれより1サイクル古い氷期。
そのため、埋没谷の痕跡が地上でまったく見られない、というわけです。
これらの地域は、武蔵野台地の埋没谷のない地域と比べて、揺れが大きくなる可能性があります。
とはいえ、地層には古いほど硬くなっていく特性があります。
ですから、武蔵野台地の埋没谷のある地域でも、東京低地よりは地震時に揺れにくい、ということが言えるのでは――。こんな推論が浮かびますが、必ずしもそうとも言えないようです。
産総研の研究によると、武蔵野台地下の泥層分布地域では、常時微動が1~2Hz(ヘルツ、地震の大きさの単位)のときに顕著なピークが認められました。
これは、『木造家屋が最も倒壊しやすい』とされる値で、前述した東京低地の東向島付近もほぼ同じ。
なお、武蔵野台地のほかの地域では、「地盤がしっかりしていることを示す」という4~6Hzにピークが認められたといいます。
【3次元地質地盤図の閲覧方法】
さて最後に、ここまでご説明してきた、『東京都心部(23区域)の3次元地質地盤図』の閲覧方法をお伝えします。
<都市域の地質地盤図>
「地質地盤図を見る」の右下の、「東京都区部を表示」をクリックしてください。
23区の地質図が表示されます。
①東京低地の地質地盤図を見る
左側のメニューから、「平面図の選択」にカーソルを合わせ、「沖積層基底面」をクリック。
約2万年前に形成された、東京低地下の埋没谷の詳細が描き出されます。
メニューの1番上の、「不透明度」を操作し50%程度に合わせると、地名も併せて見やすくなります。
②武蔵野台地の地質地盤図を見る
左側のメニューから、「平面図の選択」にカーソルを合わせ、「東京層下部基底面」をクリック。
約14万年前に形成された、武蔵野台地下の埋没谷の様子が描き出されます。
不透明度の調整は、①と同じです。
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今回は地形・地盤のみに焦点を当てましたが、建物構造や近隣の環境などによっても地震時のリスクは変わってきます。
地盤リテラシーも取り入れつつ、クライアントの〝本当の望み〟を踏まえて、最適な提案をすることが不動産エージェントに求められています。
ライター 鹿島香子
大学卒業後8年半、不動産業界紙「住宅新報」で記者として働く。
主に中古住宅流通、行政系の記事を担当。
2児の出産・育児を機に現在はフリーで活動。