フリープランの罠――エージェントが“自由設計”を成功に導く方法
― 土地・資金・建築をつないで「納得」に着地させる ―
はじめに:土地を売って終わりにしないという覚悟
「この土地を買って、注文住宅を建てたい」――お客様からそう相談されたとき、多くの不動産エージェントは建築の話になると一歩引き、「施工は工務店さんへ」とバトンを渡します。もちろん境界線を引くこと自体は悪ではありません。ただ、その先の家づくりが迷走したとき、お客様の心に残るのは「紹介してくれた不動産屋も同じ」という感情です。
エージェントは、土地・資金・建築の三点がつながって初めて信頼されます。本稿は、注文住宅――とくに「フリープラン(自由設計)」に挑むお客様に対し、エージェントが何を見立て、何を質問し、どこまで伴走すべきかを、現場のリアルとともに体系化したガイドです。
現場エピソード:自由が生む混乱、そして「整理」で解けた
私自身、最近こんなケースがありました。
お客様は超こだわり派。完全フリープランの注文住宅を希望。担当の工務店社長は職人気質のものづくり大好き。ただ私は最初から少し不安でした。社長は完全アナログ派でDXが苦手。一方、お客様は外資でプロジェクトマネージャー。「自分が進行を握れば大丈夫」と言います。
結果は想像どおり。お客様はGoogleドライブでタスクリストと議事録を整備。ところが工務店は「見てません」の一点張り。進行が止まり、お客様が自ら参考プランを描き始め、工務店は「施主案待ち」に。素人図面は構造・納まりと衝突し、見積は膨張、工程は遅延、レスポンス低下、議事録なし――ついにお客様が激怒。
そこで私が再介入。状況を分解し、工務店にAI議事録、ChatGPT+Googleドライブの使い方をレクチャー。役割分担と決定ルールを覚書に明文化。以後は報連相が整流化し、判断ストレスも低下。「最初から入ってもらえばよかった」と言っていただけました。
この経験で再確認したのは、フリープランに必要なのは“自由”ではなく“整理”だということ。
自由=決められることの多さ。だからこそ順番・可視化・記録・責任が要です。
フリープラン=自由、ではない(構造を理解する)
「自由設計」という言葉には夢がありますが、現場には明確な枠があります。

“自由”の正体は「自分で決める責任」。そして決めるには知識・判断力・時間・伴走者が必要です。
迷走の三大要因:感情 × 数字 × 時間の衝突
- 感情(家族の価値観):同じ言葉でも意味が違う(例:「広い」=開放感?収納量?)。
- 数字(コスト):見積提示で理想が揺れる。優先順位未整理が露呈。
- 時間(スケジュール):決定密度に対して打合せ枠が不足。逆算が崩壊。
会話のレイヤー(感情/現実/判断)を分けずに話すと、議論が混線します。面談冒頭に「今日は判断の回。A案・B案を優先順位(光・家事動線・収納)で決めます」と宣言するだけで衝突は半減します。
エージェントの初期ヒアリング:自由への適性を測る5問
- どこまで自分で決めたいですか?(間取り/素材/設備/造作)
- 打合せに使える時間は?(週◯時間・◯ヶ月)
- 価格変動耐性は?(±◯%/固定志向)
- デザインと性能、優先はどちら?(理由も)
- 家族の最終決定者は誰?(決裁の期日も)
この5問で「家づくり耐性」と“自由の幅”が見えます。
合わせて、好き/嫌いの写真10枚ずつ、やりたくないことリストの作成を勧めます(可視化が命)。
工務店の“リテラシー差”を見抜く(仕組みを問う)
情報運用の基本3点
- 共有:図面・議事録・写真はクラウド一元管理?(Googleドライブ等)
- 履歴:決定事項ログ(誰が/何を/いつ)が残るか?
- 横断:営業・設計・監督が同一ファイルを参照しているか?
「ドライブ使ったことありません」は黄色信号。属人運用=遅延・漏れ・解釈違いの温床です。
現場での要点質問
- 工程表はリアルタイム更新?(天候・納期変更反映のルール)
- 設計変更の見積反映タイミングは?(いつ・誰が・どこへ)
- 法的確認(確認申請・長期優良等)は誰の責任?期日管理は?
逆算スケジュール:時間を“設計ツール”に変える
期日から逆算し、決定密度と打合せ枠を整合させます。推奨は次の3枚。
- マイルストーン表:契約→基本設計→実施設計→申請→着工→引渡
- 打合せアジェンダ表:回ごとの決定項目(例:回1ゾーニング/回2窓・照明/回3設備…)
- 決定ログ様式:議題/合意/代替案/保留/担当/期日
よくある誤解:「3回で決められる=自由」 → 枠内自由=イージーオーダーの可能性を説明。
変更はコスト・工期に跳ねることを具体例(窓位置・天井懐)で提示。
見積は節目見積(基本・実施・着工前)の三段でコントロール。
契約とお金:後戻りしないための“先回り”
契約書の要点(軽レビュー観点)
- 契約方式:請負か設計監理か(役割の線引き)
- 支払条件:着手・中間・竣工の割合と検査条件
- 変更条項:差額算定/承認ルート/締切
- 遅延条項:不可抗力の定義・遅延時の対応
- 瑕疵是正:範囲・期間・連絡経路
予算運用の原則(削るではなく“活かす”)
- 見えない価値に投資:構造・断熱・躯体耐久
- 見える部分は更新性:内装・家具・照明は「育てる」前提
- 将来の余白:配線・下地・可変間仕切で拡張余地を残す
家族と“正論”の壁:言わない優しさが迷走を生む
家づくりの話し合いで多いのが遠慮の沈黙。言えば揉める気がして飲み込む。でも言葉にしなければ前に進まない。私はあるご主人にこう伝えました。
「奥様はわかっておられます。ただ、正論ばかりでは話はまとまりません。」
すると奥様が笑って「私はあなたの部下じゃないのよ!」と。部屋の空気が一気にほぐれました。
ロジックだけでは決められない。だから書く会議を提案します。言葉ではなく、付箋・カードで優先順位を採点可視化。感情の衝突を避けつつ合意形成が進みます。
エージェントの質問テンプレ
顧客へ:思考を設計する10問
- 暮らしのキーワード3語(例:光/静けさ/家事短縮)
- 譲れない条件(理由まで)
- 最終決定者と決裁期日
- 打合せ上限時間(合計◯時間)
- 完成期日と逆算契約希望日
- 価格変動耐性(許容幅・代替案)
- 好き/嫌い写真各10枚
- やりたくないこと5つ
- メンテナンス自走/外注
- 将来の余白(増改築・家具更新)
施工側へ:枠と責任を確認する8問
- 打合せ回数・範囲(超過時の扱い)
- 設計変更の締切と追加見積の基準
- 標準仕様の代替(費用・工期影響)
- 申請類の担当/期日管理
- 工程表の更新ルールと共有頻度
- 図面・議事録の保管場所(クラウド)
- モックアップ/現場サンプルの可否
- 瑕疵・遅延の是正フロー
ケースで学ぶ:よくある躓きと介入ポイント
ケースA:デザイン優先でコスト崩壊
- 症状:意匠に惚れ込み、構造・断熱・納まりで膨張。
- 介入:坪単価を躯体/外皮/内装/設備に分解。節目見積を必須化。
- 代替:線は残しつつ材料を置換(サッシグレード・外壁工法)。
ケースB:「3回で自由」と誤読
- 症状:短期決定=自由と誤認。後半で不満噴出。
- 介入:枠内自由=イージーオーダーを明示。要望を優先付け。
- 代替:将来加算できる余白設計(照明回路・下地・配線)。
ケースC:家族の沈黙が後悔を生む
- 症状:遠慮で本音が出ず、引渡後に「違う」。
- 介入:書く会議(カードで優先度採点)を導入。
- 代替:納得ライン70〜80点の合意で完璧主義を封印。
まとめ:エージェントは“翻訳者”であり“思考の設計者”
フリープランの本質は、自由ではなく「決める責任」。だからこそエージェントの価値は、土地紹介に留まりません。顧客の思考を設計し、意思決定の地図を手渡す――それがあなたの競争優位です。
自由設計を選ぶ前に、考え方を設計する。
それを一緒にできる人が、次世代の不動産エージェントです。
書籍紹介:『住まいリテラシー』― 判断の設計が、家づくりを成功させる
本稿の思想的バックボーンが、藤木よしこ著『住まいリテラシー』(幻冬舎)です。家づくりを「情報戦」ではなく「判断の学び」として捉え直し、理想・お金・時間を調停する実践知を収録。エージェントの自己研鑽にも、顧客への啓蒙にも最適です。
本書で得られること
- 「いい会社」ではなく「合う会社」を見極める視座
- 理想・コスト・スケジュールの三重構造を整える方法
- “今決める/後で育てる”の設計思考
- 家族会議を機能させる可視化の技術
書誌情報
- 書名:住まいリテラシー
- 著者:藤木よしこ
- 出版社:幻冬舎
- 発売予定:2025年8月20日
執筆・監修:藤木よしこ(Style of Tokyo)/
この記事を書いた人
不動産エージェント 藤木 賀子

スタイルオブ東京(株)代表。
25歳で建築業界に入り、住宅・店舗・事務所・外構の営業・設計から施工まですべてを経験。
世界の建築に興味があり、アジア・北米を中心に建築を見て回り、いい家を追求すべく世界の家を研究。結果、いい家とは『お客様の価値観』にあることに気づき、自分が作るよりお客様の代理人としてお客様の想いを可視化・具現化・実現化することが出来る不動産プロデュースの道に。
これまでの経験とスキルを、不動産エージェントとして活躍したい人に向けて発信中。









