不動産エージェントが知っておきたい高齢者の後見について
不動産エージェントの役割りは、依頼人の幸せな生活を実現させること。
そのために依頼人の希望にピッタリ合う家を探したり、新築住宅を建てるお手伝いをするわけですが、それだけが仕事ではありません。
家を購入した後のリフォームや住み替え、住宅ローンの借り換えなど、家にまつわるクライアントの様々な困りごとを解決するのも大切な仕事の一つです。
そしてその中には、家の相続や住まなくなった家の処分、いわゆる「終活」の一環としての家じまいの手助けも含まれます。そしてこの家じまい、タイミングを誤ると依頼人やその家族にとっても非常に面倒なことになってしまうので、不動産エージェントが正しくアドバイスするのが重要なのです。
家じまいに関する注意点
家の相続や処分を検討するのは、家の持ち主(クライアント)が高齢になっている場合がほとんどです。そしてその場合、クライアントの意識がしっかりしている間に手続きを進めるのが望ましい。認知症などで本人の意思判断ができないと、不動産の移転や処分が非常に難しくなるからです。
高齢化が進むにつれ、認知症などのリスクに備える必要性が急激に高まっています。厚生労働省が2019年に発表した「認知症施策の総合的な推進について」という資料によると、2025年には65歳以上の4人に1人が認知症になるおそれがあるそうです。
家の持ち主が認知症で判断能力を喪失してしまった場合、いくら家族だとしても、勝手に持ち主の不動産を処分することはできません。そのため、本人の施設入居費用に充てるために家を売却しようと思っても、どうすることもできない。結果、空き家のまま放置されてしまうというケースが増えてきているのです。
実際に都内でも売却できるような家が空き家になっていたり、全国各地でも空き家が大きな問題になっているのは、認知症や脳梗塞などの病気が原因で持ち主の意思確認が取れない、ということが要因の一つとなっています。
そのため、高齢者は自分の判断能力が低下してしまう場合に備えて、事前に自分の不動産の管理を誰に委ねるか?ということを考えておく必要があるのです。
そして不動産エージェントは、クライアントのそうした問題やトラブルへの対処にも備えておかなければなりません。
では高齢者の認知能力低下に備えてどんな対策が有効なのか?
依頼人の不動産管理を委ねる「後見人」制度について、調べていきましょう。
家族に不動産管理を委ねる「家族信託」
自分の判断能力が低下した場合に備えて、信頼できる家族に自分の預貯金や不動産の管理を任せたいなら、「家族信託」という方法が最善です。
家族信託は不動産などの所有権のうち、「財産権(財産から利益を受ける権利)」は自分のもとにとどめ、「財産を管理運用処分できる権利」を家族に委ねることができる契約のことをいいます。これによって本人が認知症などで判断能力が低下してしまった場合に、家族が不動産の管理・運用・処分を行えるようになります。
本人が認知症などの病気を患って、施設に入居しなければならない。本人の家には他に住む人が誰もいないため、処分して本人の入居費用に充てたい。非常にありがちなケースです。このような場合、家族信託を結んでおくと非常にスムーズに物事を進めることができます。
もちろん売却だけではなく取り壊しや賃貸など、ベストな選択はその時の状況によって異なります。その最適な選択を実施できるために、家族信託を結んでおくことは非常に有効なのです。
家族信託は自分の不動産に関するかなり広範な権限を委ねられる一方で、家族を信頼できない場合には利用するのは控えたほうが良いかもしれません。
家族信託のメリット・デメリット
<メリット>
- 家族に財産の運用管理に関する広い権限を与えることができる
- 財産権は本人に留まるため、不動産の管理運用の方向性を自分で定めることができる
<デメリット>
- 受託者に広い権限を与えるため、信頼できる家族がいない場合は利用しづらい
- あくまでも財産管理のための制度であるため、施設への入居契約などを代理で行うことはできない
管理する人を任命できる「成年後見制度」
皆が自分の家族に安心して不動産の管理を委ねられる、とは限りません。そもそも周囲に身近な家族や親族がいない、という依頼人もおられるでしょう。
そのような人が自分の判断能力が鈍った時に備えて、不動産や財産の管理のために任意の後見人を指名できる制度が、「成年後見制度」です。
成年後見制度は、認知症などによって判断能力が低下した人を保護するための制度。任意の後見人に生活や看護、財産などに関する事務の代理権を与えることができます。
成年後見制度は契約者本人を守るための制度ですから、後見人は自分の利益のために契約者の不動産を扱うことはできません。また契約は公正証書で結ばれますから、非常に高い証明能力を有します。
成年後見制度には本人が後見人が指名する「任意後見制度」と、家庭裁判所が法定後見人を選定する「法定後見制度」があります。
- 任意後見制度:将来の不安に備えて、判断能力を有する間に本人が任意の人物を後見人として任命する。本人と任意後見人との間で公正証書に基づく任意後見契約を結ぶことによって成立する。
- 法定後見制度:本人の判断能力が著しく低下している場合に、家庭裁判所が後見人を任命する。任命された後見人は、本人に代わって契約などの意思決定を下すことができる。
不動産エージェントが高齢の依頼人やその家族から不動産の相続や処分の相談を受けた場合、まず本人の判断能力がどの程度なのかを確認しなければなりません。そしてその状況に応じて任意後見制度か、法定後見制度が適しているかを見極めることになります。
ではそれぞれの制度について、さらに詳しく見ていきしょう。
本人が後見人を指名できる「任意後見制度」
判断能力が低下した時に備えて、不動産の管理を委ねる後見人を自分で選ぶことができるのが、任意後見制度です。後見人は本人の利益のために、不動産の管理を行うことができるようになります。
任意後見制度には本人の健康状態や生活状況によって、以下の2つの契約形態があります。
(正確にはもう一つ「将来形」という制度もあるのですが、移行型と大きな違いはなく、不動産管理のためには移行型任意後見契約を結ぶのがほとんどですので、今回は割愛します)
【1.移行型任意後見契約】
移行型任意後見契約は本人の判断能力がしっかりしている間に、自身で信頼できる後見人を指名するものです。後見人に「してもらいたいこと」や、その「権限の範囲」を公正証書に記しておくことで、本人の認知能力が低下した場合に後見人に管理を委ねることができます。
その内容は生活支援や療用看護などの「見守り契約」、財産管理などを委ねる「財産管理等委任契約」に分かれるため、不動産関連の管理も後見人に任せることができます。
本人の意志が最もわかりやすく形で反映できるため、不動産の管理が必要になってくる人にはぜひ検討していただきたい後見制度となります。
移行型任意後見契約は自分が信頼できる第三者に不動産の管理を委ねることができますが、本人の判断能力が低下した時に備えるための制度ですので、契約の締結と発効までにはタイムラグがあることを覚えていなければなりません。
移行型任意後見契約のメリット・デメリット
<メリット>
- 家族だけでなく、信頼できる第三者も選任できる
- 本人の希望を反映しやすい
<デメリット>
- 本人の死亡と同時に契約が終了するため、死後の不動産管理を委ねることはできない(即効型も同様)
- 本人の判断能力が低下した時点で家庭裁判所に申し立てを行って初めて効力が発生する。そのため、利用開始のタイミングを見極めるのが難しい
【2.即効型任意後見契約】
即効型任意後見契約は、認知能力が低下し始めている人が後見人を指名するための制度です。意思能力が低下し始めていても、この形態なら契約の締結と同時に任意後見契約が発効します。
認知能力の低下し始めていることに本人や家族が気がついた、しかし不動産の管理についてなんの備えもしていなかったという場合に即効型任意後見契約を結べば、管理を他者に委ねることができます。
ただし、本人の判断能力の鑑定に時間がかかったり、認知能力によっては契約自体が無効とされる場合もあるので注意が必要です。
速効型任意後見契約のメリット・デメリット
<メリット>
- 契約締結後すぐに効力を発するため、認知能力が低下し始めた時に有効
<デメリット>
- 契約時の本人の判断能力が不十分だったと判断された場合、契約自体が無効となることもある
家庭裁判所が後見人を任命する「法定後見制度」
残念ながら本人の認知能力が著しく低下している場合は、家庭裁判所が本人に代わって財産や不動産を管理する後見人を指定することができます。これが、法定後見制度。家庭裁判所に選任された後見人は本人に代わって各種契約を結んだり、代理で法律行為ができるようになります。
ただし、後見人ができるのはあくまでも「本人の利益にかなうもの」に限られます。
不動産の場合、売却代金を本人の生活費や医療費、介護施設の入居費などに充てる場合には家を売却することが可能。または建物が老朽化して維持費がかさむような場合にも、売却の許可が下りることもあります。しかし後見人の利益のために不動産を売却することは許されません。
また居住用の不動産の場合は本人にとって重要な財産となるため、売却には家庭裁判所の許可が必要になります。
そのため、基本的には法定後見人制度によって不動産を売却・処分することは非常にハードルが高いということを覚えておいてください。
法定後見契約のメリット・デメリット
<メリット>
- 本人の判断能力がなくなった場合でも、後見人を任命して不動産を管理させることができる
- 後見人が行った事務手続きは全て家庭裁判所に報告する義務があるため、厳格な管理が期待できる
<デメリット>
- 成年後見制度の中で最もコストがかかる
- 不動産の売却は生活費の補充や施設入居のための費用など、かなりの必要に迫られない限り行えない
家族が後見人になれるとは限らない。むしろ弁護士や司法書士、行政書士などの専門家が後見人に指名されることが多い
不動産エージェントとしてできることとは?
家族信託、成年後見制度のそれぞれの制度について、一覧にまとめました。
この図にあるように、基本的に左側が不動産の管理という点に関してハードルが低く、右に行くにつれて費用も難易度も増していきます。
またそれぞれの制度によってできること、メリット・デメリットも異なります。
そのため高齢者やその家族から相談を受けた場合には、不動産エージェントとして適切なアドバイスができるよう、後見制度についてしっかり理解しておかなければなりません。
家族信託は2006年から、成年後見人制度がスタートしたのも2000年からです。そのため、家族信託や成年後見制度について一般にはまだまだ広まっていません。
大切なのはやはり、認知症などを患って判断能力が低下する前に、しっかりとした対策を練っておくこと。
そのため不動産エージェントは高齢のクライアントの相談を受けるときには、あらかじめ成年後見制度や家族信託について伝えることも必要になってくるでしょう。
クライアントの幸せな暮らしを実現したはずの家が、依頼人やその家族の足かせになってしまうのは残念でしかなりません。
家族信託や成年後見制度は、家じまいに備えるためのとても有効な手段となり得ます。
不動産エージェントとして高齢者の後見制度についてもしっかり理解を深め、クライアントが困ったときもいつでも頼りになる存在でありたいものですよね。
この記事を書いた人
不動産エージェント 藤木 賀子
スタイルオブ東京(株)代表。
25歳で建築業界に入り、住宅・店舗・事務所・外構の営業・設計から施工まですべてを経験。
世界の建築に興味があり、アジア・北米を中心に建築を見て回り、いい家を追求すべく世界の家を研究。結果、いい家とは『お客様の価値観』にあることに気づき、自分が作るよりお客様の代理人としてお客様の想いを可視化・具現化・実現化することが出来る不動産プロデュースの道に。
これまでの経験とスキルを、不動産エージェントとして活躍したい人に向けて発信中。
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